東京高等裁判所 平成8年(行ケ)145号 判決 1998年7月30日
愛知県名古屋市北区辻町1丁目32番地
原告
オークマ株式会社
代表者代表取締役
柏淳郎
訴訟代理人弁理士
石田喜樹
同
齊藤純子
千葉県我孫子市我孫子1番地
被告
日立精機株式会社
代表者代表取締役
手島五郎
訴訟代理人弁理士
富崎元成
同
円城寺貞夫
主文
特許庁が平成7年審判第19403号事件について平成8年6月7日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨の判決
2 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、名称を「マシニングセンタ用チェーン」とする実用新案登録第2025048号考案(昭和62年2月15日実用新案登録出願、平成4年2月14日出願公告、平成6年7月6日設定登録。以下、上記登録を「本件実用新案登録」という。)の実用新案権者である。
原告は、平成7年9月8日、本件実用新案登録を無効にすることの審判を請求し、平成7年審判第19403号事件として審理されることとなったが、被告(被請求人)は、平成8年1月8日訂正請求をなした。
特許庁は、平成8年6月7日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をなし、その謄本は同月20日原告に送達された。
2 訂正後の実用新案登録請求の範囲に記載された考案(以下「本件考案」という。)の要旨
工具嵌挿用孔を有する工具保持具を多数連結して保持しいずれの方向にも屈曲してスプロケットに巻き掛けられ移動するマシニングセンタ用チェーンにおいて、
前記工具保持具を支え前記チェーンの一部を構成する連結板と、
この連結板に設けられ、前記チェーンの移動方向を横切る方向で前記工具嵌挿用孔の孔芯を挟んで両側に対をなして軸支されるローラとからなり、
このローラを工具保持具を挟んで両側から挟持し、複数の連結した連結板を屈曲自在に案内するガイドプレートによって案内支持され、
前後の前記連結板は前後端同志がそれぞれに重畳し、正逆移動自在なマシニングセンタ用チェーン。(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本件考案の出願日・設定登録日、無効審判請求及び訂正請求の各日時は、上記1項に記載のとおりである。
(2) 上記訂正請求は、実用新案登録請求の範囲に、「いずれの方向にも屈曲してスプロケットに巻き掛けられ」なる記載(以下「記載1」という。)及び「前後の前記連結板は前後端同志がそれぞれに重畳し」なる記載(以下「記載2」という。)を加え、また、考案の詳細な説明中に、上記記載1、2に対応する説明(以下「記載3」という。)を加えるものである。
上記記載1は、チェーンがスプロケットを介して周回することを明確に記載したものであって、出願当初明細書及び図面に記載された範囲内の事項であり、不明瞭な記載の釈明を目的とする訂正に相当する。また、上記記載2は、チェーンの一部を構成する連結板の間に他の連結部材が介在しないことを明確に記載したものであって、出願当初明細書及び図面に記載された範囲内の事項であり、不明瞭な記載の釈明を目的とする訂正に相当する。さらに、上記記載3は、記載1及び2を実用新案登録請求の範囲に加えたことに対応して、考案の詳細な説明をこれらに整合したものとするためになされたものであり、明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正に相当する。そして、これらの訂正は、実用新案登録請求の範囲を拡張し、又は変更するものでなく、これらの訂正がなされた後の実用新案登録請求の範囲に記載された事項により特定される考案は、後述するように、独立して実用新案登録を受けることができるものとみられる。
したがって、上記訂正は、これを認めることができるものであって、訂正後の実用新案登録請求の範囲に記載された考案(本件考案)の要旨は、上記2に記載のとおりであると認められる。
(3)<1> 請求人(原告)は、本件考案は、甲第2号証(本訴における書証番号。以下同じ)及び甲第3号証の記載に基づき、あるいはこれに加えて甲第4号証ないし甲第6号証の記載に基づいて、当業者が極めて容易に考案できたものであるから、実用新案法3条2項の規定により、実用新案登録を受けることができないものであり、無効とすべきである旨主張する。
<2> そこで検討すると、これら甲号証刊行物にはそれぞれ下記の考案が記載されていることが認められる。
イ.甲第2号証(実願昭58-204442号(実開昭60-109730号)のマイクロフィルム)
工具マガジンを多数連続して保持し移動するマシニングセンタ用チェーンであって、工具マガジンをチェーンのリンクプレートと一体に構成し、このリンクプレート同志をその端部で連結ピンにより互いに接続したもの。(別紙図面2参照)
ロ.甲第3号証(特公昭60-1131号公報)
工具マガジンを多数連続して保持し移動するマシニングセンタ用チェーンであって、工具マガジンをチェーンの外側リンクプレートと一体に構成し、隣合う外側リンクプレート同志は内側に設けられた連結用リンクプレートを用いて連結ピンにより互いに結合したものにおいて、外側リンクプレートに工具マガジンを挟んで対称的に設けたローラによりチェーンのガイドを行うようにすること。(別紙図面3参照)
ハ.甲第4号証(特開昭52-79380号公報)
工具マガジンを多数連続して保持し移動するチェーンであって、チェーンを構成する各リンクがマガジンを一体に保持するとともに、各リンク端部がピンにより連結されてなるもの。
ニ.甲第5号証(実願昭53-102964号(実開昭55-21827号)のマイクロフィルム)
チェーンにより駆動される工具搬送台車を備えたマシニングセンタ用工具交換装置において、工具搬送台車が移動する際、該台車に軸支されたローラを介して案内レールによって案内支持されつつ移動するようにされてなるもの。
ホ.甲第6号証(実公昭53-51506号公報)
トランスファーマシーンにおいて被加工物を取り付けられたパレットがその移動に際し、ローラを介して案内レールにより案内支持されるようにしたもの。
<3> 本件考案の要旨とする構成のうち、「工具保持具を支え前記チェーンの一部を構成する連結板」が、「前後の前記連結板は前後端同志がそれぞれに重畳し」てなり、かつ「この連結板に設けられ、前記チェーンの移動方向を横切る方向で前記工具嵌挿用孔の孔芯を挟んで両側に対をなして軸支されるローラ」が「ガイドプレートによって案内支持され」る点は、上記甲各号証のいずれにも記載されていない。そして、本件考案はこのように構成することによって、「単位長さ当りの工具保持具の密度が高く、・・・収納効率が向上すると共に、工具保持具をガイドプレートで案内するときも摩耗する部位がなく、耐久性能が向上する」という明細書記載の効果を奏し得るものとみられる。また、この記載は、単位長さ当りの工具保持具の密度を高くするため、「前後の前記連結板は前後端同志がそれぞれに重畳」させる構成を採る結果、明細書の従来技術として記載されたような、部分チェーンを介して工具保持具を連結した場合等に比し全体の屈曲性が悪くなり、チェーン移動経路のうちの曲がり部分において、ガイドプレートとの摩擦の増加が当業者に当然に予測されるものであるところ、これが連結板に軸支したローラにより緩和されることとなることも示しているということができる。
<4> しかるに、甲第2号証のものにおいては、工具マガジンと一体に構成されたリンクプレートは、お互いの端部同志が接続されているものではあるけれども、ガイドプレートによって案内されるローラを備えておらず、ローラを備えることの示唆などもなされていない。
<5>(a) また、甲第3号証のものでは、チェーンの一部を構成しマガジンと一体である外側リンクプレートに案内用ローラを備えてはいるが、この外側リンクプレートは内側に設けられた連結用リンクプレートを介して連結されていて、本件考案のごときリンクプレート同志の連結構造を採っていない。
(b) したがって、ここで用いられた案内用ローラは、本件考案におけるローラと作用効果において同じであるとはいえず、本件考案のローラを示唆するものではない。
<6> さらに、甲第4号証ないし甲第6号証に記載されたものも、上記した本件考案の構成を備えておらず、また、それを示唆する記載もないことが明らかである。
<7> したがって、本件考案は、上記甲各号証に記載された考案に基づいて当業者が極めて容易に考案することができた、とすることはできないものである。
(4) 以上のとおりであるから、請求人(原告)の主張する理由及び提出した証拠方法によっては本件実用新案登録を無効にすることはできない。
4 審決の理由に対する認否
審決の理由の要点(1)は認める。同(2)のうち、「訂正がなされた後の実用新案登録請求の範囲に記載された事項により特定される考案は、後述するように、独立して実用新案登録を受けることができるものとみられる。」との部分は争い、その余は認める。同(3)<1>、<2>は認める。同(3)<3>のうち、「部分チェーンを介して工具保持具を連結した場合等に比し全体の屈曲性が悪くなり、チェーン移動経路のうちの曲がり部分においてガイドプレートとの摩擦の増加が当業者に当然に予測されるものであるところ、これが連結板に軸支したローラにより緩和されることとなることも示しているといえる」との部分は争い、その余は認める。同(3)<4>は認める。同(3)<5>(a)は認める。同(3)<5>(b)は争う。同(3)<6>は認める。同(3)<7>は争う。同(4)は争う。
5 審決を取り消すべき事由
本件考案は甲第2号証及び甲第3号証記載の各考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるにもかかわらず、これを否定した審決の認定、判断は誤りであり、訂正請求を認め、本件実用新案登録を無効にすることはできないとした審決は、違法として取り消されるべきである。
(1) 審決は、本件考案は、「工具保持具を支え前記チェーンの一部を構成する連結板」が、「前後の前記連結板は前後端同志がそれぞれに重畳し」てなる構成(以下「連結板を重畳した構成」という。)を採用している結果、本件明細書に従来技術として記載されたような、部分チェーンを介して工真保持具を連結した場合等に比し、全体の屈曲性が悪くなり、チェーン移動経路のうちの曲がり部分において、ガイドプレートとの摩擦の増加が当業者に当然予測されるものであるところ、「この連結板に設けられ、前記チェーンの移動方向を横切る方向で前記工具嵌挿用孔の孔芯を挟んで両側に対をなして軸支されるローラ」が「ガイドプレートによって案内支持され」るという構成(以下「両側ローラの構成」という。)によって、これが緩和されることになるといった、上記各構成が機能的、作用的に関連している趣旨の認定をしているが(甲第1号証8頁2行ないし13行)、以下述べるとおり誤りである。
<1> まず、「連結板を重畳した構成」によって、全体の屈曲性が悪くなるということはない。
本件考案は、「連結板を重畳した構成」を採用しているから、連結ピンが1本であるのに対し、本件明細書に従来技術として記載されたような、部分チェーンを介して工具保持具を連結した場合には、2本の連結ピンによって連結されており、屈曲性という観点からは本件考案の方が優れている。すなわち、連結ピンによって連結される2つの部材を回転させるには、ピンの回りの摺動抵抗[μ(摩擦係数)×F(チェーンにかかるテンション)]以上の力が必要であり、1本の連結ピンを有する「連結板を重畳した構成」の方が、2本の連結ピンの回りで同時に回転する上記従来の構成よりも小さな力で連結板を回転させることができることは明らかである。
したがって、「連結板を重畳した構成」を採ることによって、部分チェーンを介して工具保持具を連結した場合等に比して全体の屈曲性が悪くなるということはない。
<2> 次に、「連結板を重畳した構成」では、チェーン移動経路のうちの曲がり部分における連結板とガイドプレートとの摩擦が増加するということはない。
チェーンの移動経路のうちの曲がり部分における摩擦力の大きさは、曲がり部分の曲率と工具保持具間のピッチによって決まり、部分チェーンの有無とは無関係である。すなわち、曲がり部分の曲率が同じであれば、工具保持具間のピッチが小さいほど、つまり単位長さ当りの工具保持具密度が高いとされる本件考案の方が、部分チェーンを有する従来の構成より摩擦力は小さくなる。
したがって、「連結板を重畳した構成」によって、ガイドプレートとの摩擦の増加を生じることにはならない。
<3> 上記のとおり、「連結板を重畳した構成」によっては、屈曲性の悪化及びガイドプレートとの摩擦の増加自体が生じないのであって、「連結板を重畳した構成」と「両側ローラの構成」とは機能的にも作用的にも関連しておらず、本件考案の「単位長さ当りの工具保持具の密度が高く、多数の工具を保持しておくことができて収納効率が向上する」という作用効果は、「連結板を重畳した構成」によって、「工具保持具をガイドプレートで案内するときも摩耗する部位がなく、耐久性能が向上する」という作用効果は、「両側ローラの構成」によって、それぞれ単独にもたらされるものであるから、審決の前記認定は誤りである。
<4> 被告は、本件考案は「連結板を重畳した構成」であるため、回転モーメント、振動、突き上げ、楔効果を無視できるように、動的力学系の観点からローラを採用したものである旨主張するが、本件考案にかかるマシニングセンタ用チェーンの移動速度は時速2.3キロメートルと極めて低速であり、機構に与える影響もないに等しいから、高速運動時の慣性力やねじり剛性により生ずる力の変動や振動を解析するのに有用な手段である動力学を適用する必要はなく、被告の上記主張は理由がない。
仮に、被告が主張する動力学でしか解析できない現象である摩擦の増加が生じるとしても、本件考案におけるローラはこれに対応した特別な構成を具備するものではなく、マガジンサポートとガイドレールとの間に生じる摩擦を緩和するために設けられた甲第3号証記載の案内用ローラによっても同等に摩擦の増加を解消することができるものである。したがって、甲第3号証の案内ローラは本件考案におけるローラと作用効果において同じものであるとはいえないとした審決の認定は誤りである。
(2) 本件考案は、甲第2号証及び甲第3号証に記載された考案に基づいて当業者が極めて容易に考案することができたものというべきである。
本件考案の構成は、甲第2号証及び甲第3号証にすべて記載されているものであり、本件考案の属する技術分野における出願時の技術水準(周知技術)である、「連結板を工具保持具を挟んで両側から挟持し、複数の連結した連結板を屈曲自在に案内するガイドプレート」(甲第11号証、第12号証、第13号証の2、第14号証ないし第16号証)、「摩擦により生じる摺動面の摩耗を解消するためにローラを介在させる技術」(甲第17号証ないし第19号証、第13号証の2、第5号証、第6号証)、「工具保持具を支えチェーンの一部を構成する連結板の前後端同志をそれぞれに重畳させてなるマシニングセンタ用チェーン」(甲第4号証、第20号証、第21号証、第13号証の2)を考慮すれば、甲第2号証と甲第3号証に記載されている構成を結合することに何の困難性もなく、また両構成を結合してみても、両者の持つ効果の総和以上の予期し得ない新しい効果や有効な効果を生ずるものではないから、本件考案はそれらの技術を単に寄せ集めたものにすぎない。
第3 請求の原因に対する認否及び反論
1 請求の原因1ないし3は認める。同5は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の誤りはない。
2 反論
(1)<1> 本件考案の「連結板を重畳した構成」が、従来の部分チェーンを介して工具保持具を連結したものに比べて、静的力学系の観点からは摩擦力が小さくなることは認める。
しかしながら、本件考案は、動的力学系の観点からローラを採用したものである。すなわち、動的な力学系では、リンクは剛体として慣性モーメントで表現されるため、軌道の曲率、回転モーメント、幾何学的条件、リンク間に生じる振動条件、摩擦力などが含まれた極めて複雑なものであり、理論的には解析不可能である。本件考案は、「連結板を重畳した構成」であるため、回転モーメント、振動、突き上げ、楔効果を無視できるようにローラを採用したものであって、審決は、このような技術的知見から「「単位長さ当りの工具保持具の密度が高く、・・・収納効率が向上すると共に、工具保時具をガイドプレートで案内するときも摩耗する部位がなく、耐久性能が向上する」という明細書の効果を奏しうるものとみられる。」と認定、判断したものであって、正当である。
<2> 原告は、本件考案は、「連結板を重畳した構成」を採用していて連結ピンが1本であるため、2本の連結ピンにより部分チェーンを介して工具保持具を連結した場合より摺動抵抗が小さく、屈曲性が悪いということはない旨主張しているが、摺動面積が増加すれば単位面積当たりの接触圧力が比例的に小さくなり、結局摩擦力は同じであって、摺動箇所数、摺動面積は摺動抵抗の大きさとは関係ないのである。問題は、ダイナミックな力学系にあり、摩擦に関する理論は実質上存在せず、手探りの状態にあり、摩擦力に寄与するパラメータは実験、経験により定めるというのが実状である。ピンの直径は小さく、ピンと連結板との間に生じる摩擦力の大きさは、他の摩擦力の大きさ、すなわち、リンクプレート・連結板とガイドレールとの間の動的摩擦力の大きさに比べて実質的に無視できる程度の量になるように設計される大きさであり、直径が小さいピンに働く摩擦に起因する回転モーメント(半径・摩擦力)は極めて小さいのであるから、原告の上記主張は失当である。
(2) 甲第2号証(別紙図面2参照)に記載されたチェーン8は、本件考案と同様の小リンクを備えないチェーンタイプであるが、ローラを備えることの示唆もなく、かつ、このローラをガイドする技術思想もなく、ただチェーン・ホイール7で駆動支持されて無端回動経路5上を移動するタイプであるから、本件考案のようにローラを設けるものではない。また、甲第3号証(別紙図面3参照)に記載されたチェーン20は、リンクプレート(小リンク)26を介在させたものであり、不安定になりやすいので、この不安定な運動を防ぐためにマガジンサポート23より突出させて支持ローラ(図示されず)を設けたものである。したがって、審決が認定したように、甲第3号証に記載された支持ローラは、本件考案におけるローラと作用効果において同じであるとはいえず、本件考案のローラを示唆するものではない。
本件考案は、甲第2号証及び甲第3号証に記載された考案を寄せ集めて構成されるものではなく、また、寄せ集める必然性も契機も存しないから、本件考案は、上記甲各号証に記載された考案に基づいて当業者が極めて容易に考案することができたとすることはできない。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
そして、審決の理由の要点のうち、(1)、(2)のうちの「訂正された後の実用新案登録請求の範囲に記載された事項により特定される考案は、後述するように独立して実用新案登録を受けることができるものとみられる。」との部分を除くその余の部分、(3)<1>、<2>、(3)<3>のうちの「部分チェーンを介して工具保持具を連結した場合等に比し全体の屈曲性が悪くなり、チェーン移動経路のうちの曲がり部分においてガイドプレートとの摩擦の増加が当業者に当然に予測されるものであるところ、これが連結板に軸支したローラにより緩和されることになることも示しているといえる。」との部分を除くその余の部分、(3)<4>、(3)<5>(a)、(3)<6>については、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。
(1) 甲第8号証(本件公告公報)には、「従来のマシニングセンタ用チェーンでは、部分チェーン2が存在しているために隣り合う工具保持具1同志の距離が大きくなり、単位長さに多数の工具保持具1を配置する制限となり、屈曲して配置する際、スプロケットからスプロケットの間でガイドプレートにより案内する場合に、工具保持具1がガイドプレートにこすれて摩耗しやすいという問題点があった。本考案は、このような従来の問題点に着目してなされたもので、工具保持具を最も効率的に連結し、しかも屈曲の案内を工夫したマシニングセンタ用チェーンを提供することを目的としている。」(2欄4行ないし16行)、「隣り合う工具保持具の前後端同志は直接連結具にて連結されていて密度が高く、自在に正逆移動することができる。ガイドプレートにより案内されるときは、ローラがガイドプレートに係合して転回し、工具保持具を傷めないものである。」(3欄4行ないし8行)、「本考案に係るマシニングセンタ用チェーンによれば、工具保持具を密接して連結し、要所にローラを設けて案内するようにしたから、単位長さ当りの工具保持具の密度が高く、多数の工具を保持しておくことができて収納効率が向上するとともに、工具保持具をガイドプレートで案内するときも摩耗する部位がなく、耐久性能が向上する。」(4欄18行ないし24行)と記載されていることが認められ、これらの記載と前記本件考案の要旨によれば、本件考案は、工具保持具を最も効率的に連結し、ガイドプレートにより案内する場合の屈曲の案内を工夫したマシニングセンタ用チェーンを提供することを技術的課題として、前記要旨のとおりの構成を採用したものであり、これによって、単位長さ当たりの工具保持具の密度が高く、多数の工具を保持しておくことができて収納効率が向上するとともに、工具保持具をガイドプレートで案内するときも摩耗部位がなく、耐久性能が向上するという作用効果を奏するものであることが認められる。
(2) そこで、本件考案の容易推考性について検討する。
<1> まず、上記1に説示のとおり、甲第2号証に、「工具マガジンを多数連続して保持し移動するマシニングセンタ用チェーンであって、工具マガジンをチェーンのリンクプレートと一体に構成し、このリンクプレート同志をその端部で連続ピンにより互いに接続したもの」(別紙図面2参照)が記載されていることは当事者間に争いがないが、これが、本件考案の「工具保持具を支え前記チェーンの一部を構成する連結板」が、「前後の前記連結板は前後端同志がそれぞれ重畳し」という構成(「連結板を重畳した構成」)と同じ構成であることは明らかである。
次に、甲第3号証には、「工具マガジン挿着穴21を有しピッチライン方向両端形状が突面22形状をなすほぼ亀甲形板状体のマガジンサポート23で並列するチェーン20の最外側のリンクプレートを形成し(本実施例では外側リンクプレートを形成しているが、内側リンクプレートを形成してもよいことは勿論である。)、並列するチェーン20を間隔保持部材24を介装して共通の連結ピン25で一体化する。26はローラ27をはめたブシュで固定したリンクプレートである。・・・又、チェーン20のガイドとしては、マガジンサポート23の上下部分の一方又は両方を図示しないガイドレールで保持するか、あるいはステーピン29をマガジンサポート23より突出させて該突出ピン部に支持ローラを装着しガイドレールに案内させるものである(いずれも図示せず)。」(3欄15行ないし38行。別紙図面3参照)と記載されていることが認められ、この記載によれば、甲第3号証には、甲第2号証と同じ技術分野に属するマシニングセンタの工具格納装置において、チェーンガイドとして工具マガジン挿着穴を有する亀甲形板状体のマガジンサポートをガイドレールで保持する構成が開示されていることが認められる。また、すべり接触に比べて転がり接触による接触の方が摩擦抵抗が小さいことは技術的に明らかであるから、甲第3号証に開示されているマガジンサポートに支持ローラを装着する構成は、ガイドレールとマガジンサポートとの間の摩擦を緩和するために設けられているものと認められる。(なお、甲第3号証に、「工具マガジンを多数連続して保持し移動するマシニングセンタ用チェーンであって、工具マガジンをチェーンの外側リンクプレートと一体に構成し、隣合う外側リンクプレート同志は内側に設けられた連結用リンクプレートを用いて連結ピンにより互いに結合したものにおいて、外側リンクプレートに工具マガジンを挟んで対称的に設けたローラによりチェーンのガイドを行うようにすること」が記載されていることは、当事者間に争いがない。)。
<2> ところで、本件公告公報(甲第8号証)には、「チェーン10はスプロケット30に巻き掛けられ、直接連結具11で自在に屈曲しながら配設される。スプロケット30とスプロケット30との間でたるみやすい場所にはガイドプレート13が設けられる。」(4欄3行ないし7行。別紙図面1参照)と記載されていることが認められ、この記載によれば、本件考案がガイドプレートを設けているのは、チェーンのたるみやすい場所でのたるみを防止するためであると認められるところ、本件考案と同じ「連結板を重畳した構成」を採用した甲第2号証のマシニングセンタ用チェーンにおいても、スプロケットとスプロケットとの間でたるみやすい場所がないとはいえず、そのような場所では当然のこととしてたるみ防止を施すことが必要とされることは当業者が予測できることである。
そして、たるみを防止するために、甲第3号証に開示されているガイドレールを設けることが有用であることは明らかであり、このガイドレールの採用によってマガジンサポートとガイドレールとの間に新たに摩擦が生じることも明らかであるから、この摩擦の緩和のために、甲第3号証に開示されている案内ローラを設けることは、当業者が極めて容易に想到できるものというべきである。
そして、本件考案が奏する「単位長さ当りの工具保持具の密度が高く、多数の工具を保持しておくことができて収納効率が向上する」という作用効果は、「連結板を重畳した構成」を採用した甲第2号証のマシニングセンタ用チェーンが奏する作用効果であり、また、「工具保持具をガイドプレートで案内するときも摩耗部位がなく、耐久性能が向上する」という作用効果は、甲第3号証の案内ローラが奏する作用効果であって、本件考案は、甲第2号証及び甲第3号証が奏する上記各作用効果以上の作用効果を奏するものとは認められない。
したがって、本件考案は、甲第2号証及び甲第3号証に記載された考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものと認められる。
(3) 審決は、本件考案においては、「連結板を重畳した構成」によって、部分チェーンを介して工具保持具を連結した場合等に比し全体の屈曲性が悪くなり、チェーン移動経路のうちの曲がり部分においてガイドプレートとの摩擦が増加することが当然に予測され、連結板に軸支したローラにより緩和されるものであることを前提として、甲第3号証の案内ローラは本件考案のローラと作用効果において同じであるとはいえず、本件考案のローラを示唆するものではない旨認定、判断しているので、この点について検討する。
乙第3号証(被告従業員高下二郎作成の「幾何学図」。別紙図面4参照)には、共通のリンクが用いられ、隣り合うリンクの間に小リンクが挿入されたもの(図1。従来の部分チェーンを介して工具保持具を連結したものに相当する。)と、小リンクが挿入されていないもの(図2。本件考案の「連結板を重畳した構成」に相当する。)とのチェーン移動経路の曲がり部分(曲率半径は同一)における摩擦を静力学的な観点から比較するための幾何学図が示されており、これによれば、図1に示されたものの中央のリンクは、両側で隣り合う小リンク2R、2LからベクトルAR、ベクトルALの張力を受け、釣り合った状態では、AR=ALであること、この2つのベクトルの合成力(図中B)は、ベクトルARとベクトルALとの間の角度(交叉角)を2αとすると、2cos(α)に比例すること、同様に、図2に示されたものでは、ベクトルBLとベクトルBRの合成力は、それらの交叉角度を2βとすると、2cos(β)に比例すること、β>αであって、βは90度より小さいから、この範囲では、2cos(α)>2cos(β)であることがそれぞれ理解することができる。そして、この力に同じ摩擦係数を乗じたものが摩擦力であるから、図1に示されたものの方が図2に示されたものよりも摩擦力が大きいことになり、したがって、屈曲部においては、本件考案のように「連結板を重畳した構成」を採用しても、従来の部分チェーンを介して工具保持具を連結した構成よりも摩擦力が大きくなるとはいえない(なお、被告も、本件考案の「連結板を重畳した構成」が、従来の部分チェーンを介して工具保持具を連結したものに比べて、静的力学系の観点からは摩擦力が小さくなることは認めているところである。)。また、連結板を屈曲するのに要する力についてみても、本件考案のように1本の連結ピンにより連結される「連結板を重畳した構成」の方が、2本の連結ピンの回りで同時に屈曲する、部分チェーンを介して工具保持具を連結する構成のものより大きな力で屈曲させなければならないというものでもない。
したがって、本件考案の「連結板を重畳した構成」は、その構成自体によって、屈曲部において、部分チェーンを介して工具保持具を連結した場合より摩擦力が大きくなるとも、屈曲性が悪くなるともいえないのであって、審決が、本件考案においては、「連結板を重畳した構成」を採る結果、部分チェーンを介して工具保持具を連結した場合等に比し全体の屈曲性が悪くなり、チェーン移動経路のうちの曲がり部分においてガイドプレートとの摩擦が増加することが当然に予測されるとした上、上記の不具合は連結板に軸支したローラにより緩和されるものであるとした認定、判断は、その前提部分に誤りがあるというべきである。そして、審決が、甲第3号証のものでは、本件考案のような「連結板を重畳した構成」を採っていないことを理由として、甲第3号証の案内ローラは本件考案のローラと作用効果において同じであるとはいえず、本件考案のローラを示唆するものではないとした認定、判断も誤りというべきである。
(4)<1> 被告は、本件考案は動的力学系の観点からローラを採用したものである旨、動的力学系では、リンクは剛体として慣性モーメントで表現されるため、軌道の曲率、回転モーメント、幾何学的条件、リンク間に生じる振動条件、摩擦力などが含まれたきわめて複雑なもので、理論的には解析不可能であり、本件考案は「連結板を重畳した構成」であるため、回転モーメント、振動、突き上げ、楔効果を無視できるようにローラを採用したものである旨主張する。
「連結板を重畳した構成」が動的力学系の解析を必要とする運動をするものであれば、「連結板を重畳した構成」とガイドプレートとの摩擦力、屈曲性は静力学的な解析によるものとは異なるといえるが、マシニングセンターの工具保持装置として採用された「連結板を重畳した構成」の運動について動的力学的な解析が必要であると認めるべき証拠はなく、また、本件明細書(甲第8号証、甲第9号証)には、本件考案が、「連結板を重畳した構成」をガイドプレートにより案内するに当たり、動的力学系の観点から屈曲部の案内に工夫をしたものであることを認めるべき記載はなく、これを示唆するところもない。
したがって、被告の上記主張は採用すうことができない。
<2> 被告は、甲第2号証に記載されたチェーンは、ローラを備えることの示唆も、ローラをガイドする技術思想もなく、甲第3号証に記載されたチェーンは、リンクプレート(小リンク)を介在させ不安定になりやすいので、支持ローラを設けたものであって、上記支持ローラは本件考案におけるローラと作用効果において同じであるとはいえないとして、本件考案は、甲第2号証及び甲第3号証に記載された考案を寄せ集めて構成されるものではなく、寄せ集める必然性も契機も存しないことを理由として、本件考案は、上記甲各号証に記載された考案に基づいて当業者が極めて容易に考案することができたとすることはできない旨主張するが、前記(2)に説示したところに照らし採用することができない。
(5) 以上のとおりであって、原告主張の取消事由は理由がある。
3 よって、原告の本訴請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結の日 平成10年7月14日)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
別紙図面1
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別紙図面2
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別紙図面3
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別紙図面4
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